相性占い/恋愛占い/片思い/彼氏彼女/復縁
恋愛と性格を考えるハニホー!

【相談No.1179】
中絶に関する自分の考えは歪んでいるのか

相談一覧に戻る
※これはハニホーの「恋愛の学校」に送られてきた恋愛相談です。「校長」「太郎さん」などと呼ばれているのが回答者です(校長や運営会社について)。なおプライバシー保護のため個人情報は含まれておりません。
こんにちは。マリ(女/20代後半)です。
最近久々にサイトの過去の記事を読んでいてふと思ったことがあるので、相談させてください。

私は昔から人工中絶に関して、周りと自分の認識にとても温度差があるように感じていました。
非難が集まることを覚悟して言うと、中絶を悪と感じていないのです。人工中絶を半ば殺人のように扱ったり、「命を奪う」と表現することにずっと違和感がありました。
突き詰めて言うと、中絶可能時期の胎児は細胞の塊だと捉えており、人どころか、命としても見なせていないと思います。
自分が、妊娠だとか中絶だとかを、自分の体験として身近に感じたことがないからかもしれません。

このような周囲との温度差は高校生くらいの頃から感じており、もっと深く考えなければならないと思い、大学に進学したあとは、「生命倫理学」という授業を聴講しました。
そこで、更に上記のような考えを強めることとなりました。

まず、胎児を人・命として捉えたとき、どこからが「命」となるのでしょう。

受精卵から?細胞分裂もしていない受精卵を人として見なすには違和感が強いです。
しかし、仮に人間のモトとなる受精卵から「命」とみなすのであれば、着床させず人工的に排卵を起こすピルは良いのでしょうか?
もしくは、不妊治療をする際には、精子と卵を採取して、人工的に受精卵を複数作ります。その中からできの良いものをいくつか選択しますが、それは「命」を奪うことにはならないの?
数あるうちから「命」に優劣をつけて、命を奪いながら選別していることにはならないのでしょうか。
人間のモトとなるものを「命」として扱うなら、卵や精子そのものは?
クローン技術が発達して体細胞一欠片だけでも人が作れるようになってしまったら?

また、妊娠後には出生前診断を受ける妊婦も多くいます。胎児に障害の有無がないかを事前に確認し、このタイミングで異常が分かると多くの人が中絶を選択しています。
勿論そこに葛藤はあるとは思いますが、受精卵から命とみなすならば、そもそも中絶を前提に出生前診断を受けることが命の選別なのではありませんか。

更に、法律では妊娠22週以降は中絶を禁じています。

これは「妊娠22週以降であれば、胎児が母体を必要とせず成長出来る可能がある」すなわち「胎児の人権を優先すべきと考えられる」週数だからだそうです。
だけれども、それは当時の科学の進歩があって22週が線引きとなっただけであり、昔なら22週なんて到底、胎児だけで育つのは難しかったはずです。

逆に、今後科学がさらに進歩すれば、母体なんて必要としなくとも、もっと早い段階から、胎児は育つかもしれない。
科学の進歩によって、「命」とみなす線引きが変わるなんて、違和感がありませんか。


色々書きましたが、私は胎児を「人」「命」とみなす線引きを、自分の中では「胎児の脳が完成された時期」とみなしています。
人が物質ではなく、動物でない根拠が、思考できる脳にあると感じているからです。
調べると、それが大体20週前後だったため、私の中ではそのタイミングを「人」と「細胞の塊」の境目とみています。


勿論、これが多くの人に受け入れられる考えだとは思っていません。
だから、これを他の人に語ったことはありません。

また、実際に妊娠した夫婦やその近しい人たちにとって、妊娠が分かった瞬間から、お腹の中の胎児はたくさんの思いを注がれる特別な存在となることは理解できます。
当人たちにとって、線引きなど関係ない、かけがえの無い存在であることは理解できるのです。
だから、実際に関係した人が命を奪ってしまったと感じたり、亡くしたと思い、弔いの気持ちを持つことはとても自然に感じます。

一番理解できないのは、何の関係もない、縁も所縁もない他人の中絶を「人殺しだ」などと批判する人々です。
行為には責任が伴う、だとか、女が被るリスクを理解しないなんて無責任だ、などの意見は事実であると思うし、共感できるのです。

しかし、中絶=人殺し・命を奪う行為だと繋げて、安易に批判する人や、中絶経験者をまるで犯罪者のように扱う世間の風潮に憤りを覚えます。
中絶に関わった人は自責の念に苛まれるだけでなく、世間からのレッテル貼りにさらされたり、またはレッテルを貼られることに怯えなくてはなりませんが、果たしてそんな必要あるのでしょうか。
そんな風に非難している人は、本当に中絶とは何か、と考えたことはあるのでしょうか。
中絶を悪だと扱いながら、不妊治療で受精卵を選択したり、出生前診断を受けることには何の疑問も抱かないのでしょうか。


正解などない問題で、立場や環境、経験、宗教、地域などによって、様々な意見があると思います。
各々が向き合って考えていけば良い問題で、特に私の考えが正解だと思っているわけでもありません。
だからこそ、法律で一定ライン共通の線引きがされていて、その範囲内の行為であれば、外野が声高に悪と決めつけるようなことが無くなれば良いなと思ってしまうのです。
個々が多様な意見を持ち、それが許容され、無闇やたらに中絶を悪だと扱わないようになれば良いと思います。


長くなりましたが、やはり私の考え方には歪みがあるのでしょうか。
校長先生から客観的に見て、何かずれているような点はありますか?

自分の考えが世間とはずれていて、だからこそこれまでずっと悩んできたし、機会があるごとに考えてきました。
今でも答えは出ていませんが、少なくとも考えに考えた結果、どんどん世間の感覚とはずれてきている気がして、不安です。


過去のサイトの質問を読みながら、中絶で悩み苦しんでいる相談を見たとき、相談者の人たちが個人でこんなにも苦しんでいるのに、その先「中絶者」などという根拠がないようなレッテルまで貼られてしまうのでは、と思ったら胸が苦しくなりました。

恋愛の話とは違った、重たい内容のメールですみませんでした。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。

寒い日が続いていますので、インフルエンザ等にはかからないよう、ご自ください。

【校長による回答】
部分的には同意できるが

何だか自分で全部言っちゃってるから、校長に意見を求めるまでもないように思うが・・・。まぁとりあえず校長の考えと違うところを重点的に言う。

「胎児を人・命として捉えたとき、どこからが『命』となるのでしょう」

まぁ君が言っている通り、正解があるわけでもなく、切り口によっても違うし、いろいろ言えるよな。

例えば、着床したばかりの時期でも、お腹の子によくない発言(やっぱり妊娠しないほうが良かったかな、とか)はしないようにする人だっているよな。聴覚がないことぐらい分かっているけど「そういうこと言わないで。お腹の子に聴こえる」という人だっている。最初から人として捉えているんだよな。

まだ着床して間もないぐらいの受精卵を「命」と呼ぶかどうかも、立場、意図、いろんな文脈があってのことだ。君は生物としての話を語っているけど、本当に妊娠して嬉しくて未来が広がっている人にとっては、お腹の子がまだ細胞の塊でも「命」だと捉えたいよな。妊娠について責任を重視する人だって、自分を責める場合や、人を責める場合に、それを「命」だと捉えて言う。

校長は中絶した人を単に悪者にするのは大嫌いで、・・・(以下省略)

※回答の全文は恋愛の学校に掲載されています。

訪問者さま。アクセスしてくれてありがとうございます。寂しい。悩む。漠然と不安。疑問。ぜひ30秒きてみてください。我々ハニホーの知恵を凝縮した「読み流して成長するサイト」です。

【関連キーワード】
中絶 / メール / 妊娠 / 恋愛 /  /  / 

新着をすぐお知らせ
FacebookやTwitterで「恋愛の学校」をフォローすると、ハニホーの診断など最新コンテンツの情報をいち早く受け取ることができます。
◆Twitterではお知らせだけでなく「恋愛の格言」もツイートされています。
◆Facebookで「いいね」すると、あなたにお知らせが投稿されます。
ボックスを閉じる
【よく当たる!診断/占い/恋愛占い/相性占い】
まずはコチラ(全ての診断など)相性占い好きな人・片思い・アプローチ彼氏・彼女結婚・結婚占い・結婚診断恋愛占い(恋愛傾向)性格診断・心理テスト
【恋愛指南や相談】
恋愛の学校恋愛のまとめ
【恋愛相談一覧】
相談一覧
※性格診断、心理テスト、占いは無料です。